大量の同人誌やグッズ、ソフトを求める人の波で、大盛況のコミック即売会場 。
その中にあって、周囲の盛況をよそに閑散とした自分のスペースを前にして、詠美は呆然と立ちつくしていた。
こ、こんなの全然あたしに相応しくないっ!
う、売れセンのキャラも持ってきて…今回もいける筈だったのに…
誰の手に取られることもなく、朝セッティングした時のままに積み上がった自分の新刊を前に詠美は
ブツブツと独り言を繰り返すばかりだった。
今回も勝算はあったんだ…
今をときめく絵柄の萌えキャラに…ちょっとハードだけど、最後はハッピーエンドにして、愛があると謳ったエッチな漫画…
その内容以上に気合いを入れた流行の色調のフルカラーの表紙に、今までの実績だってある…
自称コミパの女王、それを差し引いてもコミパではかなりの賑わいを見せるサークルを主宰していた筈だった。
こんなのっ絶対におかしいっ!!
詠美はそう怒鳴ると、殆ど完売状態の回りのサークルを恨めしそうに睨み付けた。
す、すすすすす…すみません…
そんな時、ようやく詠美のサークルに声が掛かった。
あ、いらっしゃい!いらっしゃいっ!
新刊!あたしの自信作っ!今なら限定無しで売ってあげるわよ?
ここぞとばかりに不慣れなセールストークを展開する。
多少、態度は高飛車だが…
う、うれしいんだな…
詠美ちゃんの…ぼ、ボボボぼくはファンなんだな…
だ、だだだっだ、 大好きなんだな…
その言葉に気をよくした詠美はさらに高飛車トークを展開させた。
そう言ってもらえると、とても嬉しいよ〜っ
まぁ、貴方達みたいな引き篭もりのオタクには、ちょっと勿体ないかもしれないけど…
奇跡的に手に入ってよかったわねっ
はいっ1000円!はやくっ!
あ、手渡しはイヤだから、そこに置いてねっ!
し、ししし新刊じゃないんだな…
え?
……って、新刊しか…ないんだけど?
ほほほっほ、欲しいのは再販なんだな…
み、みんな、今日の日のために申し合わせたんだな…
な、何言ってるの?
気がつけば、いつの間にか詠美のスペースはオタク達に包囲されていた。
あ、あなたたち?な、ナニしようって言うのよっ!
本なら売ってあげるから、ちゃんと並びなさいよっ!!
オタク達に向けてかざした新刊をパンパンと叩きながら、詠美はその人数に怯むことなく食ってかかった。
こんなモンいるかよっ!ボケ!
ばしっ!!
オタクの中の一人が、いきなりの大声で詠美を威嚇すると、その新刊を勢いよく叩き落とした。
あぁ、あ、あたしの本…
詠美はすぐにサークルの机をくぐると、たたき落とされた新刊に手を伸ばす。
い、いたぁ〜っ!!
が、伸ばした手は、新刊と共にオタクの汚いスニーカーの踵で踏みにじられた。
う、うぅぅ…
ど、どけてぇ…よぉっ…
自分の前に跪き、先ほどまでとはうって変わった弱々しい声で懇願する詠美に、オタクは今までの人生で一度たりとも
感じた事のない優越感を覚えた。
じりじりっ
オタクは詠美を踏みつけている踵を何度か左右にひねった。
むっは〜っ
オタクの半開きのだらしないタラコ唇から、満足げな、しかし気持ちの悪い吐息が漏れる。
うぅ…手は作家の命なの…どけてぇ…
その光景を見ていたオタク達は理性の糸が切れたかのように暴れ出した。
ぐしゃ!!
こんなダッセー本が買えるか!ボケ!
そう言うと、数人のオタクは詠美のスペースに積まれた本の山を叩き落とした。
ばさばさばさっ
いたいっ!いたたた…うぅぅ…
手を踏みつけられて動けない詠美に、叩き落とされた本が降りかかる。
えへへ〜〜っ詠美ちゃ〜〜ん♪
一人のオタクは、詠美の隣にしゃがむと、新刊を広げてみせた。
自信作…なんだよね〜っおマンコ我慢していっぱい描いたんだ?
うぅぅ…
詠美は憎らしげに、そのオタクを睨み付けた。
ん〜、まだ反抗的だなぁ〜…詠美ちゃんは、よく分かってないんだよ
自分がなんで売れてるのか?って事を…うへへ…
思いがけない言葉に、詠美の瞳には戸惑いの色が浮かんだ。
凄く気合い入ってるね〜っ、印刷も凄い綺麗だね〜…
一生懸命ネーム切ったんでしょ?
当日、ボク達にちやほやされる事を想像しながら…
プププッ残念でしたぁ〜
そう言うと、オタクは詠美の目の前で、広げた新刊を左右にそのまま引きちぎった
ビリビリビリッ
あぁぁ…
さらに、オタクは引きちぎった新刊を、詠美の目の前で何度も両手でぐしゃぐしゃに丸めて見せた。
もう一冊〜♪
びりりっ
ぐしゃっぐしゃぐしゃっ
さらに一冊〜♪
ゴミも量が多いと大変だな〜♪
ぐしゃぐしゃっ
目の前で、何度も繰り返される悪夢のような光景を、詠美は糸の切れた人形のようにただ呆然と見つめているだけだった。
詠美の無反応さにオタクは拍子抜けしてしまったようで、さらに行為はエスカレートした。
丸めた新刊を、詠美に向かって投げつける。
ぽいっ
かさっ
ぽいぽいっ
かさかさっ
詠美の顔や頭に紙屑と化した新刊をぶつけながら、オタクは話を続けた。
おまえ、自分の商品価値を見誤ってるだろ?
その言葉に、回りのオタクが続ける。
うへへへへ…そ、そうなんだなっ!え、ええぇっえ詠美ちゃんが女の子だから買ってただけなんだなっ
お近づきになって、本物のマンコが欲しいんだな
掲示板でおしゃべりをして、知り合いだって自慢するときも、お、おおお女の子だとむっは〜っなんだな…
はぁ…はぁ…はぁ…
いいから再販マンコ寄こせよっ!おら!!
こんなクソみたいな本で天狗になりやがってっボケが!
おぅ!時間もないから早くみんなで再販ブツの処理しちまおうぜ!
そそそ…そうなんだなっ!限定無しの無制限なんだなっ!
エロ漫画描く女のマンコってメチャメチャ臭いんじゃないの?
そ、そそそっそそれがいいんだな…匂いの缶詰にして持って帰りたいんだな…
早くしねーとスタッフの牧村がウルセーぞ?
そうなんだなっこの人数だと、詠美ちゃんのまんこが1回しか楽しめなくなるんだなっ
あぁぁ…いや…
詠美を無視して会話は進んでいく。
じゃぁ、順番決めようぜ?
今度はおまえら、ちゃんと並べよ!
いいじゃねーかよっ!穴は3つあるんだぜ?
何言ってるんだよ?
大人気作家にマンコや口でスケブを描いて貰わないといけないだろ?
チンポばっかりで穴が塞がる訳じゃないんだ〜♪納得〜っ♪
値段は?無料?
1回10円ぐらいやろうぜ?回数を熟せば、ひょっとしたら赤ん坊が出来たときにおろす金に出来るかもしれないしな。
あははっじゃぁ、中絶代が詠美ちゃんのサークルの目標額だね♪
休んでる暇無いぞ?ほらぁ!!
いやだ…いやだよぅ…
あまりの多勢、また、耳に入る会話の内容に、詠美は怯えてすっかり錯乱していた。
掲示板で優しかったあの人が…
あぁ…いつもお土産を持って挨拶しにきてくれるあの人も…
み、みんな…うぅぅ…
あたしったら…バカみたい…ちやほやされて…
一人で舞い上がってた…
う…うぅぅ…
みんな、あたしが女の子じゃなかったら…見向きもしてくれなかったんだ…
そ、それを…才能があるなんて取り違えて…
みんなの好みとかも…色々考えて…
バカみたい…
う、うわぁぁあああああああああんんっっ!!
詠美は、周りの目も憚らず大声を上げて泣いた。
う、うへへへ…漫画みたいだ…はぁはぁ
早く口につっこめっ!
ようやくそれらしくなってきたな♪
こ、この…こここっここの…ど、どどど同人誌みたいな事したいんだな…
れ…レイプはぁはぁ
奇しくも、今まで押し殺していた感情を、詠美が爆発させた事が、彼らの興奮を、より高ぶらせる事になってしまった。
しかし、今の詠美にはそんな事を考えている余裕はない。
詠美はただ泣いた。
……………
…………
………
はぁ〜…、猪名川さんの所のサークル、今回はどうしたのかしら…
ヤケに手間取らせてくれたというか…
おかげでこの館は大混乱だったじゃない〜っ
集会で何か言われそうだなぁ…はぁ…
まぁ、せめて一回りしておきますかっ
………
ん?なに?あの人だかりは…
コラコラー!きみたちっ!即売会のルールは守りなさいっ!!
ルールを守って楽しい即売会!一般入場もサークル入場も同じっ!!立派な参加者ですよっ!!
………
……
…
ひぃっ
お…おぅぅうええぇぇ…
コミック即売会のスタッフ、牧村南が異変に気付いたのはイベントも終了間近の事だった。