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■GHQメモリーズ■

 

 

 


プロローグ



…ねぇ、智ちゃん?

唯笑ね、最近新しい友達が二人も出来たんだよ。

一人はね、ちょっとおっちゃこちょいだけど、優しくてとっても良い子なの。

え?唯笑よりもかって?

うん。唯笑よりもずっと優しくて元気な子だよ。

え?そうじゃない…??

あ〜、智ちゃんひどーい。私そんなにおっちょこちょいじゃないもん。



それでね、もう一人はとってもしっかり者で、面倒見の良い子なんだよ。

唯笑も見習わないとね。

え?唯笑も負けてない?

そうかなぁ…?

あっ、その子がどうかしたのかって?

…そうそう実はね、明日、二人の学校に遊びに行くんだ。

智ちゃんも一緒に行かない?

え…行かないの?

つまんないの。

ふん。いいもん、唯笑一人で行ってもっと仲良くなるんだから。

智ちゃんがあとで羨ましがっても知らないからねぇ。

あぁ、明日が楽しみだなぁ。

待っててね、未羽ちゃん、奈保子ちゃん♪



(1)

翌日。

今坂唯笑は一人電車に乗ると。隣町の駅に降り立った。

すれ違うように大勢の学生が雑談をしながら電車に乗り込んでいく。

見慣れないホーム、そして見慣れない制服。

唯笑は自分一人だけが違う制服を着ている事に、ちょっと恥じらいを感じながらもゆっくりと改札口へと向かっていく。

そして、駅を出ると眼前には紅葉の赤が広がっていた。

決して駅前が栄えていない訳ではなかったが、商店街に沿って立ち並ぶ赤く萌えた街路樹が唯笑の目を引く。

…そういえば…前来たときは気がつかなかったな…

「すっかり秋なんだよね…」

唯笑は新鮮な風景に少しだけ魅入ると、そのまま商店街に沿って進んでいった。

そして、帰宅途中の学生とすれ違いながら目的の場所へと向かっていく。

その場所まではかなりの距離があったが、唯笑の通う学校と違い平坦な道のりだった。

やがて、大きな川を渡るとその場所に辿り着く。

「え〜と、私立千尋学園…よかった、迷わなかったよ」

唯笑は校門に掛かる看板に目を凝らすと、ホッとしたように胸を撫で下ろした。

 そして、期待に胸を膨らませながら門をくぐる。




そう、彼女がここに来たのは、1週間ほど前のことだった。

……………

特に用事があったわけではない。

ただ、電車の窓から見えたあるものを探していたのだ。

「お〜い、ニンニンネコピョーン?」

唯笑は誰もいない河原で一人、声を上げる。

「確かこの辺りにいた気がするんだけどぉ…」

河原をとぼとぼと歩きながら、彼女は再びあちこちを見回した。

「ぁ…」

すると、その瞬間、唯笑の視線に探していたものが飛び込んでくる。

そう、それは一匹の猫だった。

丸々と太っており、仔を宿していることが窺える。

しかし、その猫は河原ではなく、川の中程にある浮島のような場所にいたのだ。

しかも、その場所は今にも崩れ落ちそうだった。

「う…嘘でしょ?ど、どうしてあんな場所にいるのぉ…」

唯笑は信じられないと言った顔で、川岸まで進み出る。

だが、目の前の川の流れは速く、容易に踏み出せるものではなかった。

「うぅ…困ったなぁ…どうしよう…」

唯笑は身近に何か落ちていないか探す。

だが、河原は思ったよりも綺麗で、その浮島まで届かせるようなものはなかった。

彼女は急速に自分の体温が下がっていくのを感じる。

「ニンニンネコピョン…流されちゃう…っ…」

唯笑は戸惑いながらも大急ぎで土手を駆け上がった。

…バタッ

しかし、登りきる前に足がもつれ、彼女はその場に倒れ込む。

「うぅ…いたい…」

短い芝生が顔に触れた。

それでも、唯笑はすぐに身を起こす。

躓いている暇はなかった。

「……え…?」

だが、顔を上げるとその先には二人の制服姿の少女が、心配そうに唯笑を見ている。

「みぅ〜?だ、大丈夫ですか??」

そして、その少女はそう言うと唯笑の傍に駆け寄ってきた。

「ゆ、唯笑は大丈夫…、でも…」

「でも…?」

「ネコピョンが…」

「ネコピョンって??」

「未羽。あれの事じゃないかしら?」

その彼女の背後にいた、もう一人の少女が川岸を指さす。

そう、彼女の指摘通りだった。

そこには、今にも流されてしまいそうな猫の姿がある。

「あ〜、大変〜」

すると、彼女はとっさに振り返ると、大急ぎで土手を超えていく。

そして、すぐに一本の長い板きれを持って現れた。

「これ…使って何とかなりませんか?」

「あ、ありがとう…、なると思うよ」

唯笑はその板きれを受け取ると、すぐに川岸へと向かう。

二人もそのあとに続いた。

そして、唯笑はすぐに猫の方へと板きれを伸ばした。

「ニンニンネコピョン〜、早く…これに飛び移ってぇ…」

……………

だが、猫は微動だにしない。

その瞬間にも、その周りの土はどんどん削られていく。

「うぅ…まだ距離が遠いのかなぁ…」

唯笑はそう言うと、一歩、川の中へと足を踏み出す。

川の流れにバランスを崩しそうになったが必死に堪えた。

「もうちょっと…もうちょっとだからね…」

そして、また一歩、川の中へと入っていく。

ようやく板は猫のところまで届くようになっていた。

だが、猫はそれを辿るか辿るまいか思案しているのか、一向に動く気配はない。

「早くぅ…、あっ…」

唯笑がそう叫んだ瞬間、不意にバランスが崩れた。

彼女は浮き上がるように川へと吸い込まれていく。

視界には空が見えていた。

…やっちゃった…

だが、彼女の体は斜めになったまま止まる。

「え…??」

背後から唯笑を支えた者がいたのだ。

背中と腰に優しくも力強い温もりを感じる。

それはあの二人の手だった。

「あ、ありがとう…」

「それよりも…、早く助けないと」

「あ、うん」

どちらかと言えば物静かな雰囲気がする少女に促されると、唯笑は気を取り直して板きれを猫のいる浮島に掛ける。

そして、三人とも猫の動きを見守った。

唯笑は両足を、二人は片足を川の中に浸しながら。

…ニャ〜


程なく、思いが通じたのか猫はその板を伝い、ゆっくりと唯笑の方へと歩きはじめる。

「あぁ…良かった…」

唯笑は板を握りながら、嬉しそうにその光景を見つめていた。

やがて、猫は板から彼女の肩を伝い、その身重な体型に似合わない軽々とした動きで跳ねると河原に降り立つ。

そして、大きく体を震わせると、何事もなかったように歩いていった。





(2)

「本当に…ありがとう」

河原では靴下まで水浸しの唯笑が、二人に何度もお礼を言っている。

それを満面の笑顔と静かな笑みで受け止める二人。

「ありがとう…」

「もういいよぉ。猫さん無事だったみたいだし」

「そうね。でも…あれってあなたの猫?」

「うぅうん。違うよ。唯笑…ニンニンネコピョンが好きなだけ。電車の窓から見かけて…思わず来ちゃった」

「そう、うふっ」

「え?」

「いえ、ごめんなさい。ただ、あなたのような子、珍しいなって思って」

「あ〜、なおちゃん失礼だよぉ」

「未羽、そう言う訳じゃないのよ。ちょっと羨ましいなって思っただけ…」

「気を悪くさせちゃったらごめんなさい」

「うぅうん。全然平気だよ」

和やかに会話が交わされていく。

唯笑も、すっかり二人に惹かれていった。

しかし、同時にちょっとだけ寂しい気持ちになる。

自分にもかってこんな親友が居たことを思い出して。

「…あ、じゃあ…唯笑、そろそろ帰るね。さっきはありがとうね」

「あ…、でも、靴濡れてるし…、折角だから私たちの学校に来ませんか?」

「え…?」

「そうね、今、学園祭の準備で先生も何も言わないでしょう。それに、風紀委員の私が認めるわ」

「……う〜ん」

唯笑は戸惑った。

二人の好意は。唯笑にとっても望むべき事だった。

しかし、それに甘んじれば甘んじるほど、記憶の中にいる一人の少女の存在が大きくなっていきそうな気がしたのだ。

「ねぇ、遠慮しないで行こうよ」

「ここであったのも、何かの縁よ」

考え込む唯笑に、二人は更に優しく勧める。

そして、遂に彼女も心を決めた。

…そうだよね…唯笑…頑張らなくっちゃ…

「うん、じゃあお言葉に甘えちゃうよ」

「決まりね」

「行こ、行こ♪」

「あ、そうだ、名前聞かせて貰えるかな?よく考えたら自己紹介してなかったよ、私は今坂唯笑、澄空高校の2年生だよ」

唯笑は二人を見ながら、笑顔で自分の名前を言った。

「あ、ごめんね、私…宇野未羽、千尋学園の2年生です。同い年だね」

「私は矢澤奈保子。同じく千尋学園2年生よ。それにしてもずいぶん遠くから来たのね?」

「うん、ちょっと遠かったかな。でも二人に会えたから良かったよ」

「うん。私も良かったよ、唯笑ちゃん」

「そうね。さぁ、行きましょうか」

こうして意気投合した三人は、ゆっくりと土手を登っていく。

彼女たちにとって、ささやかな時間のはじまりだった。
時間はあっと言う間に過ぎていく。 学園祭の話、お互いの学校の話、そして智也の話。 会話は尽きることはなかった。 だが、それは夕焼けとともに終わりを迎える。 いや、終わらざる得なかった。 生徒玄関の前で、別れを惜しむように唯笑は二人と向かい合う。 「…学園祭に来てもらいたかったな」 「未羽!」 「みぅ〜…ごめん」 「うぅうん…唯笑こそごめんね…本当にほっんとうに…行きたかったよ…」 「用事があるなら仕方ないわよ。でも、また暇だったら遊びに来てね。歓迎するから」 「うん…、必ず遊びに来るよ」 唯笑はそう言うと、少しだけ切ない表情で手を振った。 なぜか、二人の笑顔を見るのはこれが最後のような気がしたから。 しかし、彼女はそれを必死に打ち消すと、ゆっくりと校舎に背を向ける。 二人はいつまでも見送ってくれていた。 …考えすぎだよね… …未羽ちゃんと、奈保子ちゃんとは…ずっと友達でいたい… …もう…あんな思いは…たくさんだよ… …だから…唯笑…元気出さなきゃ ………………………… …あれから1週間…  唯笑はその学園の校舎を見ながら、彼女たちと出会った時を思い出していた。  あの時と同じ景色。  唯笑は再び歩き出す。  新しい友達との再会するために。  だが、変っていないのは景色と唯笑だけだったという事に彼女自身気づく由もなかった。 つづく