１７話　剪定（１）







――斬新なデザインの制服で有名なファミレスに痴女が働いている。

　そんな書き込みがネット上に流れはじめたのはここ１週間ほどの話であった。それ以外、店を特定出来そうなヒントはない。だが、
業界の人間であれば、デマと笑い飛ばす前に自分の店ではないのか？という疑念を抱いてしまうものである。

　それは、『Ｐｉａキャロット』とて例外ではなかった。

「………………」

　都心に近いビルにある『Ｐｉａキャロット』本部のオフィスでは、１人の女性がパソコンに向かっていた。

　うなじの辺りで一本に纏めた長い髪と、少し大きめな眼鏡が特徴の穏やかな風貌。

　彼女の名は双葉涼子――つい最近まで中杉通り店のマネージャーをしていた女性である。もっとも、相馬の赴任と同時に本部の経理
に回っており、今は数字と格闘する毎日を送っていた。だが、それも全て涼子自ら直訴したからで、そこには不可解とも思える人事に
対する反発が含まれていたのだ。

　そんな中、降って湧いたネットでの噂。

　涼子がかつて働いていた店に疑念を抱いたのは無理もない話なのかも知れない。

　事実、調べれば調べるほど、気になる事が増えていた。

　月によって極端に異なる仕入れ、もちろん新メニューやフェアの関係で多少の差が出るのは当然だが、涼子が抜けて以来その額が異
常なほどに推移していたのだ。

　他にもアルバイトの勤務状況や経費についてなど確かめたい事は山ほどあった。

「……やっぱり戻らなきゃいけないかな」

　涼子は静かに溜息を吐くと、そう前を向くのである。





　同じ頃、あずさは耕治に呼び出されていた。

　場所は店の通用口であり、そこには私服姿の彼が壁に凭れながら彼女を待っていた。

「お待たせ」

　あずさはユニフォーム姿のままそこへやって来る。

　スカートの下では今も野太い張形が蠢いており、彼女は反応を顔に出さないよう気をつけながら耕治の方を見た。

「…………」

　だが、彼は何か言いたげな顔をしながらも、あずさを見据えている。

「ど、どうかした？」

「……どうしたもこうしたもないだろ？」

「言ってる意味がわからないんだけど……」

「最近、店じゃ噂だぜ？日野森が――勤務中に変な事してるんじゃないかって」

「へ、変な事って、どんな事よ？」

「……オナニー、とか……」

「…………っ」

　あずさは胸が締め付けられる気分だった。まさか、ここまでストレートに――しかも事実を指摘されるとは夢にも思っていなかった
からである。

　しかし、もっとも苦しかったのは、その話を耕治に指摘させてしまったという部分であろう。

　顔を真っ赤にしながらあずさを見ている青年。同性の同僚たちであれば聞き流せたかも知れない。だが、彼だけは話が違うのだ。

――ごめん……前田君。

「そんな事、ある訳ないでしょ？」

　あずさは心の中で謝罪しながらも、強気に否定してみせる。

　それは久しぶりに見せる彼女の素の態度だった。

「でも、ここ最近の日野森は……」

「もぉ、前田君までそんな事言うの？」

「え？」

「ここだけの話……、最近ちょっとアソコの調子が悪いのよ。痒いというか……。病院にも行ってるんだけど、なかなか良くならなく
て……。こんな話、ミーナやつかさになんか出来る訳ないじゃない」

　そして、小声で作り話を口にするあずさ。

「……そう、なのか？」

「うん……、前田君にだけは本当の事、教えておいてあげる。だけど――他の娘に教えたら絶対に許さないから……」

「わかったわかった、約束は守る」

　耕治は吹っ切れた様子で両手を胸の前に翳すと彼女の言葉を制した。普段は頼りない彼だったが、あずさに対して嘘を吐く人間では
ないのである。

「それより、日野森の気持ちも考えないで、疑ってごめん……」

「わかってくれればいいのよ……」

　こうして、あずさはどこまでもまっすぐな耕治に向かい穏やかに微笑むと店の中へと戻っていく。

　少しだけ罪悪感を抱きながら。





　次の出来事が起きたのは、その日の夕方であった。

　焼けるような快感と上気してしまいそうな気分に苛まれながらも、あずさは何とか勤務終了に漕ぎ着ける。

　自慰をする事もなかった。それも全て耕治の存在が心の支えになってくれたからであろう。

　だが、仕事が終わっても解き放たれる時間はないのである。

　あずさは相馬たちの指示を仰ぐべく、重い足取りで事務所へ歩を進めた。

　その時だった。

「あずささん？」

　あずさは不意に背後から呼び止められる。

――え？この声って？

　彼女のよく知る響き。かつてこの店にいた女性の声である事はすぐにわかった。

「涼子――さん？」

　あずさはそう言うと振り返る。

「お久しぶり、元気にしてた？」

　すると、そこには涼子が以前と変わらぬ笑顔で立っていた。

「はい、涼子さんもお元気そうで」

「うふっ、ずっと内勤だったから、昔ほどじゃないわ。――それにしても、やっぱり現場はいいわね、活気があって」

「は、はぁ。それで、今日はどうしたんですか？」

「実は店に戻ろうかと思ってるの」

「そうなんですか？」

　あずさは思わずそう声を上げた。

　自分で考えていたより遥かに高いトーン。

　無理もない、彼女にとってはこの上ない助け船なのである。

「でも、涼子さんの意志で決められる話なんですか？」

　それでもあずさはあえて尋ねてみた。これまで休む暇もなく虐げられてきた彼女が欲していたのは、ぬか喜びではなく本当の自由な
のだ。

「うふっ、私にその気があるならね」

「？」

「今、店長の下についてる……、確か島野さんだっけ？彼の肩書きを覚えてるかしら？」

「えっと……、確かサブマネですよね？――あ」

「そう、マネージャーは空席なの。これは私が本部に異動する時に交わした約束。だから、復帰に支障はないわ」

――そうなんだ。

　あずさにとって涼子の言葉はとても頼もしく感じられた。まるで航海の途上、暗黒の海に出現した陸地の明かりのように。

「それで、あずささん？ちょっと着いてきて欲しいの」

「はい……何処へですか？」

「もちろん、事務所よ」

「……わかりました」

　こうして、あずさは涼子の後に続く。

　先ほどよりもしっかりとした足取りで。





　それから１時間ほどが経過していた。

　事務所には熱の籠もった声が響いている。だが、それは激しいやり取りではなく涼子のワンサイドゲームである。

　不明瞭な仕入れ、あずさにだけ課せられた極端な残業。また、経費による飲酒や私物の購入疑惑など、事例は枚挙に遑がなかった。

　その事実に裏打ちされた追求に、相馬や島野はもちろん、あの長井ですら返答に窮する状況に陥っている。

「…………」

　あずさはそんな頼もしい涼子をただじっと見つめていた。

　もっとも、不安がない訳ではない。

　怖かったのは、破滅を恐れた男たちが自分をも巻き込んでくる事であった。

　今も下半身にはバイブレータが埋まっている。それが涼子に知られた時、彼女はどんな顔でこちらを見るのか？耕治や美奈たちは？

　あずさはそれだけが気がかりだった。

「わかりました、双葉さんの仰る事はもっともです。ですが、それが必ずしも正しいとは限りません」

　そんな中、相馬が静かに反撃に転じる。

「そうかしら？」

「ええ、とは言いましても突然の事ですので、あなたに納得して貰う資料を用意する事が出来ません。ここは明日、日を改めて――と
いう事で手を打っていただけませんか？」

　先ほどまで旗色の悪そうな顔を浮かべていた男とは思えない余裕のある態度。それは年下の涼子に対して下手に出ている事からも窺
えた。

「わかりました。ですが伝票の類は私が確保していますので、証拠の隠滅は墓穴を掘るだけだと忠告しておきます」

　涼子はその提案を受け入れる。まさに勝利を確信した者の余裕であろう。

「…………」

　だが、あずさは不安でならなかった。それでも、その予感を涼子に伝える事は出来ないのである。





「困った事になったな」

　厄介な女が去った室内に島野の声が響いた。

「どうすんだよ？バレたら終わりだぜ？」

　長井もそれに続く。気が短く尊大な彼も危機の前には殊の外無力であった。

「心配ないさ」

　そんな中、相馬だけがまるで意に介す様子もなく笑みを浮かべている。

「そう思うだろ、あずさ？」

「……そ、それは」

　あずさは返答に窮した。突然水を向けられた事も大きかったが、それ以上に彼が下半身を剥き出しにしていたからである。

　屹立する肉棒。

「……ごくっ」

　あずさは無意識のうちに生唾を飲み込んでいた。

　そう、こんな状況にあっても彼女の身体は男根に反応してしまうのである。そうなれば、取るべき道は一つしかない。

「失礼します」

　野太い淫具を引き抜くと、あずさは相馬の膝を跨ぐ。そして、反り返った男根を握りそのまま自らの肉穴へと導いていくのだ。

「あぁん……」

　抵抗はなかった。肉棒は面白いように肉壺に飲み込まれ、彼女の身体は蕩けそうな快感に襲われる。

　耕治に見せた気丈な態度も、涼子に抱いた期待も既に何処かへ吹き飛んでいた。

「……はぁ、はぁ……あぁ」

　それを物語るようにあずさはねっとりと腰を振りはじめる。

「へへ、気持ちよさそうじゃないか？」

「はい……気持ちいいの」

「何処が気持ちいいんだ？」

「おマンコ……です」

　躊躇ない言葉がもはや男たちの肉便器から逃れられない事を物語っていた。

「じゃあ、イキたいか？」

「はい……ご主人様のチンポでイキたいです……」

「くくっ」

　そんなあずさの願いを叶えるかのように、相馬は自ら腰を突き上げはじめる。

「はぁ……はぁ、はぁ……」

　瞬く間に絶頂へと駆け上がっていく少女。

「え？」

　だが、すんでのところで男の動きが止まった。

「ど、どうして？」

　あずさは十中八九手にしていた快感が得られずその顔を曇らせる。

「だったら、俺の質問に答えるんだ」

「は、はい」

「双葉涼子の弱点（ウィークポイント）はなんだ？」

「…………」

　そう、相馬の余裕はこれだったのだ。

「……それは」

　しかし、あずさは困っていた。別に涼子を庇っていた訳ではなく、そもそもそんな弱みがあるように思えなかったからである。事実
、仕事に関しては厳格で落ち度など考えられない。

「あ……」

　それでも、欲望の為せる業であろうか少女は一つの可能性に辿り着いた。

「弱点と呼べるかどうかはわかりませんが……お酒に弱いところ、です」

　あずさは何の躊躇も無くそう口にする。恐らく後で必ず後悔するだろう。だが、絶頂の前にはそんな意識は無力なのだ。

「どう弱いんだ？」

「陽気になったり、脱いだり……」

「そうかそうか、そいつはいい話を聞かせて貰った。ご褒美にイカせてやるとするか」

「あぁん……嬉しいです」

　あずさは、再び膣壁を掻き分け子宮に当たりはじめる男根に心地よさを覚えていた。それによりいったん消えかけた欲求が再び身体
を支配していくのである。

　焼けるような温もり。

「はぁ、はぁ……あぁ、らめぇぇイ、イっちゃうぅぅぅ……！！」

　こうして彼女は相馬の背中に手を回すと、腰を密着させながら果てた。

　相馬はそこへ自らの欲望を吐き出すのだ。

……びゅく、どぴゅ

「はぁぁん、チンポから熱いの出てるのぉぉ」

　あずさは掠れた声でその感触を受け止めていた。そして、飽きることなく肉棒の感触を味わい続ける。





　数日後。

　あずさが涼子に呼び出されたのは午後の事であった。

「話ってなんでしょうか？」

「実は、あずささんに研修に行ってもらいたい店があるの」

　涼子はそう言うと半透明のクリアファイルを差し出してくる。そこには研修に関する様々な資料が挟み込まれており、派遣される店
の名は「Ｐｉａキャロット繁華街店」と記されていた。

「いつの間に新店が？」

「以前からあったわ」

「そうなんですか？」

「実験的な店舗だから、存在は一部の人間しか知らないの。研修期間は１ヶ月、その間はうちが借り上げたアパートで生活してもらう
けど大丈夫よね？」

「は、はい」

　あずさは素直に頷いた。１ヶ月は長いとも思ったが、寮を離れれば居座っている男たちに悩まされる事もないのだ。また、資料に目
を通した限り研修はこの店独断の計画ではなく、それは如何に相馬たちでも阻止しようがない事を意味している。

――でも、あの話はどうなったんだろう……？

　心を過ぎる一抹の不安。だが、それを言の葉にのせる事は最後まで叶わない。

　なぜなら、全ては自らの発言に端を発していたからである。



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