(序章) 雪が降っていました。 わたしは、その空を見上げている。 …… いつの間にか、わたしは泣いていました。 恐かったのかな? …いや…悲しかったんです…。 これから訪れる運命の後に…何も残らない事を知っていたから…。 「…そんなの嫌…」 わたしは空に向かって呟きました…。 傍に居てくれる人も…見守ってくれる人もいない…。 そんなのは…正直、嫌です…。 せめて…お姉ちゃんだけでも…普通に接してくれたら…。 …でも…それは叶わないのでしょう…。 「………」 でも…その時…わたしの頭を一つの考えが過ぎりました。 …そうだ…想い出を作ろう…。 わたしが居なくなっても…残った人が絶対にわたしを忘れないくらいの…。 そう思った時、わたしの曇った心が少し晴れた気がしました。 祐一さん…。 あゆさん…。 名雪さん…。 そして…お姉ちゃん…。 …楽しみです…。 わたしはその場を後にすると、目的を果たす為に公園を後にしました。 待っててくださいね…。 栞が学校へ着いた頃には、既にあたりは薄暗くなっていた。 雪は相変わらず止むことなく、彼女と周りを白く染めている。 栞は誰もいない校庭を歩きながら、ゆっくりと辺りを見回した。 …確か…ここにいるはず… 栞はそう思いながら、生徒玄関の方へ身を進めた。 そして、まだ鍵の掛かっていないステンレス製のドアを開き、校舎の中へ入って行く。 静けさと、薄気味悪さが彼女を包んだ。 だが、栞は無意識に震える体を抑えつけるように廊下を歩いていく。 ……… そして、2階に差し掛かったとき、逢いたかった人物がそこにいた。 相沢祐一。 姉、香里のクラスメイトだった。 だが、彼の他に、傍には一人の長身の女性が立っている。 …誰だろ… 栞は見覚えのない顔に少し戸惑った。 二人は何かを待っているように、廊下の果てを見据えている。 栞は息を飲みながら、その光景を見ていた。 「…誰……?」 だが、次の瞬間、その長身の女性は栞の気配を察し振り返る。 「…あ…」 目があった栞は、口を開けたまま立ち尽くすしかなかった。 気まずい沈黙が流れる。 「…栞?なんでこんなところに?」 だが、その流れを救ってくれたのは祐一だった。 彼はゆっくりと廊下を歩くと、栞の傍に寄る。 「…祐一さん…」 栞はホッとした表情で笑顔を作った。 「実は…祐一さんにお話があるんです…。それで…ちょっと来て欲しいんです…」 そして、少し俯くと栞はおずおずと祐一に話しかける。 背後の見知らぬ女性の視線が気になったからだった。 「…う〜ん。ここじゃマズイのか?」 祐一も彼女に気を遣うように、頭を掻くと栞に答える。 「ちょっと…ここでは…。大事なお話なんです…」 どことなく歯痒い会話が続いた。 「…祐一…。行っていいよ」 その時、祐一の背後にいた女性が、ぼそりと呟く。 表情に変化はなかった。 だが、その声に祐一は少し安堵すると、優しい表情で栞の方を見る。 「わかった。じゃあ行こうか」 「はい」 栞と祐一は並ぶように廊下を歩きはじめた。 しかし、祐一は軽く振り返ると、無言で二人を見送っている女性に声をかける。 「…舞…。すぐ戻るからな」 「…待ってる」 簡潔だが、信頼感のある会話だった。 ……… 栞はそのやり取りに羨ましさを感じる。 自らも祐一とそういう関係になりたいと思った。 もっとも、普通とは少し違うものだったが。 「………」 二人は特に会話を交わすことなく、階段を降り、玄関へ向かった。 面識はあると言っても、会うのは久しぶりの事だったし、実際、祐一は何を話して いいのかわからなかった。 だが、外に出て夜の外気と、未だ降りしきる雪に触れた時、栞は小さく口を開く。 「…寒いですね」 「…あぁ…。まぁ…こんな時間だからな…」 しかし、祐一は在り来たりな返事しか返せなかった。 「温まりたいと思いませんか?」 しかし、栞は続ける。 「ああ、そうだな…。寒いのはなかなか慣れないからな…」 「そうですか。それはちょうど良かったです」 「…え?どう言う事だ??」 「…言葉通り、ですよ」 栞は、わざと姉の口癖を真似し、軽く笑った。 もっとも、それに祐一は気がつかなかったが。 再び沈黙が続いた。 二人の雪を踏みしめる音だけがあたりに響く。 やがて、二人の前に公園が現われた。 「…さぁ、着きましたよ」 栞はその場所に辿り着くと、少し嬉しそうに祐一を見た。 「…こんな場所。あったのか…」 祐一はただ、初めて見る場所に驚いている。 「それで…、話ってなんだ?」 そして、ますます読めない栞の意図に戸惑いを見せた。 「それは、これからです」 だが、栞は笑顔で祐一の手を引くと、公園の奥へと歩きはじめる。 雪は一段と強さを増していた。 栞のささやかな、そして、悲しい想い出作りがはじまる。 次へ |
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