…おにいちゃん… …わたし…好きな人が出来てしまいました… あの人の事を考えると…胸が…苦しいです… でも…思わずにはいられません… 今日も…ずっと…あの人の事ばかり…思ってました… 他の事は…考えられません… …もっと…近くに居たい… あの人の温もりを感じたい… そんな願いが…わたしの中に…どんどんと沸き上がってきます… どうなっちゃうのかな…わたし…? 季節は夏を過ぎ、短い秋を迎えている。 その日は、朝からどんよりと雲が空を覆い、昼を過ぎた頃、雨に変わっていた。 それでも、季節を忘れてしまうほどの暑さだった。 冷房の効いた教室を、無機質なチョークの音が響き渡る。 乃絵美は時折、しとしとと降る雨を見ながら、再び視線を前に向けた。 斜め前の席の大きな背中が目に入る。 ……どき… 乃絵美は少し頬を赤らめると、恥ずかしそうにその背中を見つめた。 その背中の主の名は、長沢純一。 クラスでもさほど目立った存在ではなかったが、勉強もスポーツも卒なくこなす、 器用なタイプだった。 背は乃絵美より頭一つ高く、彼女の兄と被るものがある。 …長沢さん… 乃絵美は心で彼の名を呟くと、再び自らの世界に浸っていく。 そして、今まで彼女が兄と過ごした記憶を純一に重ね合わせた。 勉強を教えてもらった事。 料理を作ってあげた事。 ピアノのリサイタルを見に行った事。 数々の想い出が、乃絵美の頭を過ぎった。 そして、それが更に彼女の思いを加速させて行く。 …どうしよう…おにいちゃん… 乃絵美は切なく俯くと、小さく体を丸めた。 夕刻。 乃絵美は帰宅すると、濡れた体を温めるために湯船に浸かっていた。 そして、そこでも彼の事を考えている。 湯気で霞む視線の先に、純一の姿が浮かんだ。 …長沢さん… 乃絵美は虚ろな目で呟くと、ゆっくりと湯船から身を起こす。 そして、純一が目の前にいるかのように手を伸ばした。 もちろん、乃絵美の手を握り返すものはない。 ……… 乃絵美は湯船から出ると、無言で浴槽に座り込む。 依然、頭には純一の顔がこびり付いていた。 ……ん… そして、乃絵美は消え入るような小さな声を上げると、ゆっくりと手を自らの乳房に宛がう。 不思議な感触が乃絵美の体を走った。 その感覚に戸惑いながら、乃絵美はそのまま軽く手で乳房を揉んでみる。 すると、その感触は更にしっとりと彼女の体を突き抜けた。 …ぁ…ん… 乃絵美は切ない声を上げる。 そして、更に大きくなる純一への思いを受け止めるように、両手で乳房を揉みはじめた。 年に似合わない小振りな乳房だったが、彼女の思いを増長させるのには十分だった。 …ぁぁ… 乃絵美は更に悩ましく喘ぎ声を漏らすと、壁に寄りかかり乳房を擦り続ける。 彼女にしてみれば、純一がしてくれている事に他ならなかった。 そして、程なく、乃絵美は右手をゆっくりと股間へ下ろしていく。 ピンク色の無垢な秘部に指先が触れた。 …はぁ…ぁ… 乳房に触れた時と、比較にならない衝撃が彼女を襲う。 風呂場の熱気も手伝い、体の火照りは増して行った。 …長沢…さん… 乃絵美は何度も純一の名を呟くと、乳房と秘部に触れつづける。 ほとんど無意識の行為だった。 ただ、純一だけを思い、乃絵美は自慰に耽る。 …はぁ…はぁ…ぁぁ… そして、とうとう乃絵美は絶頂を迎えた。 体の中を未体験の衝撃が突き抜ける。 彼女は、秘部をひくつかせながら、力なく床に倒れこんだ。 そして、消えゆく意識の中で、乃絵美は心に誓う。 …明日…全ての思いを長沢さんに打ち明けよう… 乃絵美の表情はどことなく晴れやかだった。 * * * 翌日も雨模様の天気だった。 乃絵美は一人、傘を挿しながら学校への道を歩いている。 他の生徒の姿は目に入らなかった。 乃絵美はただ、今日の放課後の事だけを考えている。 ……… だが、その時、一人の男が自らの脇を通り抜ける。 胸の鼓動が高まった。 …長沢さん… そう、乃絵美を掠め足早に歩を進める純一がいたからである。 乃絵美も少しだけ足を早める。 二人は一定の距離を保ちながら、ただ進んでいく。 雨の音だけが聞こえていた。 しかし、目の前の信号が赤に変わり、その差が一気に詰まる。 ……… 乃絵美の目の前には、純一の背中があった。 偶然にも信号を待つ他の生徒はいない。 ……… 乃絵美は息を呑んだ。 これが唯一のチャンスではないかと思った。 そして、ゆっくりと口を開く。 「…な…長沢さん?」 雨の音や、車の雑踏に掻き消されないようにしっかりと呟く。 すぐに、その背中は振り返った。 「あれ?伊藤。おはよう、気がつかなかったよ」 純一は意外そうな顔を浮かべると、小さく微笑む。 精悍な笑顔だった。 「おはよう。長沢さん」 乃絵美は、その顔に心を打たれながらも、必死に平静を装い挨拶を返す。 そして、二人は無意識に並ぶと、学校への道を歩き始めた。 言葉数は少なかったが、他愛もない会話が交わされる。 宿題の事。TVの話題。クラスメートの事。 だが、それだけでも乃絵美は嬉しかった。 やがて、二人の先に、学校が見えてくる。 ……… しかし、乃絵美は焦っていた。 純一と何気なく一緒に登校出来たまでは良かったが、肝心の約束を取りつけていなかった からである。 校舎は刻一刻と近づいてきた。 そして、純一は玄関へ走る素振りを見せる。 …あ…ダメ…。も、もう少し待って…。 乃絵美は顔には出さなかったが、苦しそうに心で呟いた。 「じゃあ、俺は先に行くから。並んでると変な噂が立ちかねないからね」 純一は茶目っ気たっぷりに優しく笑うと、歩幅を広げる。 だが、その時、乃絵美の思いが、ようやく声になった。 「あ、ちょっと待って…」 「うん?どうかした?」 「…うん…。実は長沢さんに大事なお話があるの…。もし良ければ、放課後、図書室で 逢えないかな…?」 乃絵美は声が上ずらないように、必死に気持ちを抑えながら話す。 だが、顔はうっすらと紅潮していた。 「うーん」 長沢は予想だにしない乃絵美の言葉に戸惑っている。 「………」 「うん。わかった。じゃあ、放課後に図書室で待ってるよ」 しかし、覚悟を決めたようにまっすぐ乃絵美を見ると、爽やかに受け入れた。 そして、玄関に向かい走り出していく。 …よかった… 乃絵美はその後ろ姿を見ながら、ただ嬉しさに我を忘れた。 その日の授業は、乃絵美にとって退屈なものに他ならなかった。 教師の声は、ただの雑音と変わらない。 乃絵美はただ、放課後の事に思いを馳せながら、前の席の純一を見ているだけだった。 昼飯もほとんど手につかなかった。 そして、一人、窓から雨が降っているのを見ている。 約束の時間はあと少しだった。 …上手く…いくかなぁ… 乃絵美は、それだけを考えながら、空を見上げた。 「今日の授業はこれまで、宿題は次回提出だからな」 教師の意地悪そうな声とともに、教室には生徒の色々な声が入り混じる。 宿題を面倒くさがる者。 すでに放課後の予定に花を咲かせるもの。 さっさと、片付けをはじめるもの。 反応は十人十色だった。 そして、その中で乃絵美はゆっくりと教科書を鞄に詰めると、純一の席に目を向ける。 しかし、既に純一の姿はそこにはなかった。 …来てくれるよね… 乃絵美は、純一は他の生徒の目を気にし、先に図書室へ向かったのだと前向きに解釈すると、 自らも図書室に向かい歩きはじめる。 …どくん… 胸の高鳴りは先ほどと比較にならない程、早くなっていた。 体も火照っている。 しかし、乃絵美はその気持ちを必死に抑えると、ただ図書室へ向かう廊下を歩いた。 …長沢さん… 自らの思いが受け入れられる事を願って。 やがて、乃絵美の視線に図書室のプレートが映る。 …着いた… 乃絵美は軽く深呼吸すると、ゆっくりとドアを開いた。 中からは静寂の空気が流れ込んでくる。 どんよりと曇った空が、カーテンの隙間から見えた。 乃絵美はゆっくりとその部屋の中央に足を進める。 他には誰もいなかった。 カウンタにも図書委員の姿すらない。 まるで、忘れ去られた空間にいるようだった。 …どうしたのかな…? 乃絵美は少し気味悪さを感じながら、机に沿って部屋を歩く。 だが、やはり誰の姿も確認出来ない。 もちろん、純一の影も見えなかった。 ……… 乃絵美の胸は得体の知れない感覚に締め上げられる。 部屋の電気がついていなかった事も、その気持ちを増大させる要因になっていた。 そして、雨音と自らの鼓動だけを受けながら、乃絵美はただ立ち尽くしている。 …長沢さん… 乃絵美は心で純一の名を呟いた。 淋しかった。 恐かった。 そして、自らの思いが通じなかったのではないかと言う疑念に駆られる。 思わず泣き出してしまいたかった。 だが、やはり捨て切れない希望を胸に、乃絵美は崩れるように近くの席に腰掛ける。 待つしかなかった。 乃絵美は自分に出来る唯一の選択を取り、ただドアの方に目をやった。 雨は一層激しさを増している。 時折、落雷の音が響いた。 乃絵美はその音以外のものを探すように、ただひたすらドアだけを見ている。 そして、何度も純一の名を呟いた。 ……… 30分ほど経っただろうか。 乃絵美はいつの間にか下を向いていた。 前を向いていられなかったのだ。 想いを馳せ、そして、なけなしの勇気を絞り出して誘った者が来ないという現実が恐かった からである。 乃絵美は既に憔悴していた。 目にはうっすらと涙が浮かんでいる。 …やっぱり…叶わないの…? だが、その時だった。 …ガラッ… 湿った音を立て、ドアがスライドする。 「………」 乃絵美は反射的に前を見た。 そして、息を呑む。 そう、そこにいたのは純一に他ならなかった。 「ゴメン。すっかり遅くなっちまって」 彼は息を切らしながら、申し訳なさそうに頭を掻いた。 「うぅうん…いいの」 乃絵美はさり気なく、溜まった涙を拭い取ると笑顔を作る。 体を取り巻いていた感覚は、既に消え失せていた。 「それで、話って?」 純一はゆっくりと乃絵美の前に来ると、向かい側に座る。 そして、優しい目で彼女に問い掛けた。 「…う、うん」 乃絵美はそれだけで意識を失ってしまいそうなほど、その表情に溺れる。 再び、胸の高鳴りが聞こえてきた。 だが、乃絵美は覚悟を決めると、真っ直ぐ純一を見る。 そして、ゆっくりと口を開いた。 「長沢…さん。わたし…あなたの事が…好きなんです…」 薄暗い部屋に、乃絵美の澄んだ声が走る。 純一の表情は変わらなかった。 だが、乃絵美は続ける。 「…だから…。もし良ければ…お付き合い…してくれませんか…」 単刀直入、かつ、乃絵美にとっては一世一代の大胆な告白だった。 それも、純一への想いゆえに他ならない。 「………」 乃絵美は哀願するような目で純一を見た。 再び、室内を雨音だけが鳴り響く。 だが、程なく、純一はゆっくりと口を開いた。 「…伊藤…。本気…だよね?」 少しだけ戸惑いが見える。 「…うん…本気だよ。わたし…長沢さんが好き…。貴方の為なら…なんでも出来るよ…」 だが、乃絵美は更に自らの気持ちを正直に押し出した。 すると、純一の顔が少し綻ぶ。 「…嬉しいな。まさか伊藤が俺の事を好きだなんて…」 そして、少しだけ笑みを浮かべると、軽く頬を掻いた。 「正直、俺なんかには高嶺の花かと思ってたんだけどな…。でも、俺だって…お前と 付き合いたいよ…」 「…嬉しい…」 純一の言葉に、乃絵美は天にも昇る気持ちだった。 自らの思いが叶った事を心から喜ぶ。 しかし、それが乃絵美にとっての堕落へのはじまりだったという事に、彼女は気づく由も なかった。 次へ |
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