<明日の天気は晴れでしょう>
坂井美希の元に、そんな手紙が届いたのは5月も終わりを迎えた頃だった。
差出人の名前はない。
消印は同じ市内のもので、その日付は昨日のものだった。
…なにこれ?
彼女はその意味不明な手紙に困惑の表情を浮かべる。
…新手のストーカーかしら?
そして、そう考えると、少し背筋に寒さを覚えるのだった。
しかも、その手紙の内容とは裏腹に外は大雨が降っている。
天気予報では明日も晴れる事はないという。
何処の誰が、こんな訳のわからない手紙を寄越したのか?
その日、そんな疑問と不安は美希の頭から消える事はなかった。
翌日。
彼女は目を覚まし、外を見ると唖然とした。
空は雲一つない青空に染まっている。
美希は慌ててテレビをつけた。
すると、画面の向こうでは毎朝目にする天気予報の女性がにこやかな顔を浮かべて話していた。
「今日は一日、雨の心配は全くありません」
天気が晴れると、心まで晴れるのか?と思うような明るい声。
美希はまるで狐に抓まれたような気分だった。
だが、所詮はいたずらに違いない手紙。
そんな内容をいつまでも気にしていても仕方がなかった。
「まぁ、晴れたのはよかったからね」
彼女はその手紙を丸めてゴミ箱に放り投げると、パジャマを脱ぎ普段着に着替える。
そして、軽い朝食を済ませると、職場に向かうために家を出た。
美希の職業は保育士、いわゆる保母さんである。
近所の幼稚園で、大勢の子供たちを相手にしていた。
元々、子供の世話をするのが好きで、幼稚園でも男女関係なく子供たちには好かれている。
まさに美希にとっては天職だった。
こうして、今日もいつものような日常がはじまるのだ。
その日の自由時間に庭で鳴き声が響いた。
美希はすぐにそこへ駆け寄っていく。
すると、彼女が担当する桃組一の悪ガキであるたかしが、同じ組の女子を泣かしていたのだ。
「こら、たかしくん、侑香ちゃん苛めちゃダメでしょ?」
美希は目線の高さを合わせると、真剣な眼差しで少しきつめの声を上げる。
「だってぇ、こいつなまいきなんだもん」
「だからって、髪を引っ張っちゃいけないわよ」
男子園児の反論に怯むことなく、彼女は粛々と話を続けた。
「うう…ごめん…なさい」
すると、その気迫に押されるかのように、たかしは頭を落とす。
「それじゃあ、侑香ちゃんに謝りなさいね」
「うん…」
多少のトラブルはいつもの事だったが、美希は真摯な姿勢で子供たちに向かっていた。
本気で子供たちの事を考えているからこそである。
「また明日ね〜」
そして、滞りなく彼女の1日は終わった。
だが、美希が家に帰り、郵便受けを開けると、再び差出人のない手紙が投函されていた。
…また…来てる…
彼女は少しだけ訝しがりながらも、その手紙を手に取り家の中に入った。
やはり消印は昨日で、同じ局である。
美希は封を切ると、中の便せんに目を通した。
「………なにこれ?」
すると、そこには1行、こう書かれている。
<明日、坂井美希は桃組のたかしにスカートを捲られるでしょう>
それは更なる不安を美希に与えた。
もちろん、このことが実際に起きるかどうかではない。
彼女が保育士をしている事をこの差出人は知っているのだ。
すなわち、ある程度の個人情報が得体の知れない人間の手にあるという事である。
…なんなの?何がしたいの?
美希は首を捻るしかなかった。
警察に届けようとも思った。
だが、現時点ではただの嫌がらせでしかない。
しかも、その内容は個人を中傷するものでもなく、はたまた、精神的苦痛を与えるものでもない。
ただ、その手紙そのものが薄気味悪いというだけであった。
…たかしくんならやりかねないけど…やったとしても子供のいたずらだし…
仮に、この手紙の主が彼女をストーキングしている人物であるとすれば、たかしが悪ガキだという事は認識出来るだろうし、
そこからこういうアクシデントを想像のは難しくないような気もした。
もっと言えば、彼にそう仕向ける事すら不可能ではない。
昨日の天気に関する事だって、天気予報こそ外れたが、予想出来ない事ではないのだ。
…とりあえず…私を精神的に追いつめるつもりなのかな?
美希はストーカーと思われる人物の腹が見えたような気がした。
しかし、それがわかってしまえば、昨日や先ほど抱いたような不安感は生まれる事はない。
…ふん…誰が屈するもんですか…
元来、負けず嫌いであった美希はそう言うと手紙をクチャクチャに丸めた。
心の底から湧き上がる怒りを具象化するように。