その日はいつもと何ら変わる事はなかった。 同じ時間に目を覚まし、軽い朝食を作る。 何となくテレビに目を傾けながら出勤前の一時を過ごしていた。 既に梅雨入りしていたが、外は気持ちいいくらい晴れ渡っている。 今日もいい1日になる。 美希は何となくそう思った。 そして、それは勤務がはじまっても何ら変わる事はなかった。 大勢の子供たちを相手にし、たくさんの笑顔を目にする。 これこそが、彼女がこの仕事に就いた最大の目的であった。 もはや、美希の頭には昨日抱いた不安はなかった。 いや、それ以前にあの手紙の事自体忘れているのだ。 「せんせ〜、だっこだっこ」 「あ〜ずるいぞぉ、おれがさきだぞぉ」 今も美希はたくさんの子供たちに囲まれながら、各々の声に耳を傾けている。 「はいはい、順番だからねぇ」 優しい声で子供たちに接する美希。 そして、一人の女の子をゆっくりと抱え上げる。 「わ〜い、たかいたかい」 その子は両手を上げて喜んでいた。 美希はその子の笑顔を見つめながら、自らの肩に乗せてあげる。 …ちょろ… 「………………え?」 だが、その時、激しい違和感が彼女を襲った。 体の力が不自然に抜けていくような感覚。 そして、それを示すかのように、下半身に生温い液体が広がっていく。 それは、紛れもなく自らの小便であった。 …ど、どうして…!? 美希は女の子を抱きかかえたまま、自らの体を襲っている衝撃に困惑する。 しかし、全く下腹部には力が入らず、漏れていく小便を止める事すら叶わなかった。 次々と外へ排出されていく黄色い汚水。 それは、彼女が穿いていたズボンをぐしょぐしょに染め上げると、その前を覆っていたエプロンにまで侵食していく。 「…あれぇ?どうしたの?」 「うわぁ…おしっこもらしてるぅ」 そのエプロンの変化と、生々しい濁音にさすがの子供たちも気づきはじめた。 驚いたように声をあげると、次々と美希との距離を取っていく。 「うわぁぁぁ〜ん…下ろしてぇ…」 ついさっきまで抱きかかえられ喜んでいた女の子すら、美希のそんな姿に泣き叫びはじめる。 「……………………」 …どう…しちゃったの…? 彼女はすっかり頭の中が真っ白になっていた。 小便は未だ尿道口から溢れており、足下には大きな池が出来るまでになっている。 まるで、この時の為に溜めていたかのように。 …やっぱり…あの手紙は当たったんだね… …すごい…よね… だが全く動く事も出来ず、泣いている子供をただ抱えながら、美希は直立不動で小便を漏らし続ける。 「美希!どうしたんだよっ!?」 しかし、それを遮断するかのように、背後から大きな声が響いた。 その時になってようやく美希は我に返る。 「………………あ…」 そして、その声の方を向くと、そこにはちひろが立っていた。 信じられないと言わんばかりの表情。 無理もなかった。 何しろ22歳にもなって、子供たちの前でお漏らしをしているのだから。 「…ごめん…」 美希は弱々しくそう呟いた。 「…美希…」 だが、彼女のその声と表情に、ちひろはただそう言うのが精一杯であった。 「ちひろ…お願い…」 美希は泣いている女の子をちひろに預けると、雑巾を取ってくるために部屋を後にする。 痒みが襲ってくる下半身に苛まれながら。 「美希、ちょっといいか?」 ようやく騒動が一段落した頃、事務所でふさぎ込んでいた美希の元にちひろがやってきた。 その顔はあの事件があった時のように真剣そのものだった。 「…うん」 「お前…まだ手紙を信じてるんだろ?」 どうやら、ちひろは全てを洞察しているようである。 「…うん…」 美希も素直にそれを認めた。 「…だから言っただろ?鵜呑みにするなって…!」 すると、厳しい口調でちひろは声を上げる。 美希の事を本気で心配しているのが痛いほどわかった。 「…だって…」 それでも彼女は反論の声を上げてしまう。 だが、ちひろの気持ちが頭を過ぎり、それ以上言葉を続ける事はなかった。 親友の思いと手紙の魔力。 美希はその狭間に今にも押しつぶされてしまいそうな気分だった。 ………………… 二人の間に一瞬の沈黙が流れる。 「…なぁ、美希?」 しかし、すぐにちひろが口を開いた。 「…昔話だけど、ちょっと聞いてくれよ…」 そう言うと、彼女は美希に背を向け、窓越しに映る空を見上げながら話しはじめる。 「…わたしな、昔、男を刺した事があるんだ…」 「…………えっ…?」 それは衝撃の告白だった。 だが、美希が発した短い驚きの声に反応することなく、ちひろは次の言葉を紡いでいく。 「…わたしは物心ついた時から、ずっと母さんと二人で暮らしてきたんだ…」 「…幼稚園にも通えない貧乏な暮らししてたけど、その分…母さんはわたしに人一倍優しくしてくれた…」 「…誕生日にはショートケーキを買ってきてくれたのを…今でも覚えているよ…」 それは、ちひろが未だかつて明かした事のない、彼女の幼い頃の話だった。 「…だけど…」 しかし、不意にちひろの声が曇る。 「…わたしが小学校に上がった頃…あいつは現れたんだ…」 そして、次第に彼女の声に怒りの微粒子が混ざっていくのがわかった。 「……あいつ…って」 「…名前は忘れた…。母さんの再婚相手さ…」 まるで吐き捨てるようにちひろは答える。 「…どういった訳か…母さんはそいつを好きになっちまった…」 「…高飛車で傲慢な奴でよ…、母さんが惚れちまってるのをいい事に、自分で働きもしないでいつも酒ばかり飲んでた…」 「…しかも、事あるごとに母さんを殴りつけて…」 「…いつも………母さんは顔を腫らしてたよ…」 「…だけど…母さんはわたしの前ではいつも笑いながら「本当は優しい人だから…」…って言ってた…」 「……そんな訳あるか!」 ちひろは涙混じりに声を荒げる。 美希に背中を向けているのも、その顔を見せたくないからなのだろう。 「…その証拠に…それからも奴の暴力は毎日のように続いた…」 「…このままじゃ…母さんが殺されちまうって思ったよ…」 「……だから………………俺はそいつを刺したんだ…」 再度語られる、彼女の暗い過去。 「…でも…そいつは運良く死ななかった…」 そして、その無念そうな声は、ちひろがどれだけ母親の事を思っていたかが痛いほどわかった。 「だけど…それでようやく母さんはそいつと縁を切る事が出来たんだ…」 「…3年前に死んじまったけど…最後にこう言ってくれたよ…ありがとう…って…」 涙の比重が更に強まっていく。 だが、最後までちひろの言葉が崩れる事はなかった。 そして、彼女は軽く涙を啜ると、美希の方に顔を向ける。 「…ごめんな、ちょっと熱くなっちまった」 照れるように涙が滲む表情を緩ませるちひろ。 その声は先ほどのように悲痛なものではなく、いつもの彼女の声であった。 「……ううん…、でも…どうしてそんな話を…」 「これって、今のお前の状況に、何か…似てると思わないか?」 「…えっ…?………あ…」 一瞬、彼女の真意を掴みかねた美希だったが、すぐに答えを見つけ出した。 そう、母親と美希、その男と手紙という違いはあったが、ちひろの話は、今の彼女が置かれている立場そのものなのだ。 「わかったかい?だから…もう手遅れだとか思うのはまだ早いと思うぜ?」 「もっとも…わたしの男嫌いは治りそうにないけどな」 ちひろはそう言うとおどけてみせる。 美希が先ほど紡ごうとした台詞を口にしながら。 「………うううぅ…」 美希は涙が止まらなかった。 「ありが…とう……」 そして、そう言うと彼女の胸に飛び込んでいく。 ただただ、感謝の気持ちでいっぱいだったからである。 自らの苦難の過去を明かしてまで、美希を助けようとしてくれた素晴らしい親友に。 同時に、何としてもちひろに応えなくてはいけないと思った。 「なんだよ…相変わらず大袈裟だな…美希は」 口ではそう言いながらも、彼女もそれを温かく受け止めてくれる。 そして、飽きる事もなくただ身を重ねあった。 まるで温もりを確かめ合うかのように。 その日を境に、美希は手紙を読むのを止めた。 毎日欠かすことなく郵便受けには差出人のない手紙が投函されていたが、彼女はそれをすぐにゴミ箱へと放り投げる。 もう、二度と読む事はないだろう。 そう思っていた。 だが、それから5日後。 その思いは脆くも崩れ去ってしまう。 それは、彼女がいつものように出勤した時の事だった。 「み、美希さぁ〜ん、た、大変ですぅ〜」 駐輪場に自転車を止めると、千夏が血相を変えて走ってくる。 もっとも、その言葉の内容からそう思えるだけで、喋り方も表情もいつもと余り変わっているようには見えなかった。 また、誰か風邪でもひいたのだろうか?と美希は思った。 「どうしたんですか?千夏さん?」 「はぁ…はぁ…はいぃ…ちひろさんが…」 「……え!?」 千夏の言葉に美希は耳を疑った。 それは、ちひろが今日付でこの幼稚園を辞めたというのだ。 ……どうして? 全くの寝耳に水な話に美希は困惑の色を隠せなかった。 何でも昨日の夜に園長のところにやって来て、その旨を告げたという。 もちろん、昨日は美希も出勤していたが、彼女に対しては何の話もなかった。 そればかりか、いつもと全く同じように別れの挨拶までしているというのに。 到底信じられる話ではなかった。 しかし、それは冗談の類ではなく、園児たちが集まってもちひろの姿は何処にもない。 ……ちひろ… つい5日前にあれほど真剣に自らを諭してくれた親友が、何も告げずに去ってしまった事に美希は激しい違和感を覚えた。 …とりあえず…話を聞かなきゃ… そして、美希は昼休みに入ると、ちひろの携帯に連絡を入れてみる。 「お客様のお掛けになった電話番号は現在使われておりません…」 だが、無機質な電子音が虚しく響くだけであった。 もちろん、ちひろの番号は登録しており、幾度となく話しているので掛け間違えはありえない。 …どうしてなの… 彼女は胸が締め付けられる思いだった。 残された手は、ちひろの家に直接出向く事くらいである。 無論、美希はそうするつもりであった。 とは言ってもまだ午後の勤務が残っている。 放りだして出向く訳にもいかなかった。 「あははは〜」 「ゆぅかぁ〜、それおれのだぞぉ」 そんな彼女を尻目に無邪気に騒ぐ子供たち。 本来であれば、これこそが美希にとって至福の時間だったはずである。 だが、今はとてもそう思う気にはなれなかった。 …ちひろ… 一刻も早く彼女の家に出向かなければ、もう二度と会えない…そんな気がしたからである。 こうして、暗雲が心に立ちこめたまま、美希はただ仕事が終わる事だけを願った。 ………………… そして、ようやく子供たちが帰ると、彼女は大急ぎでちひろの家へと向かう。 その場所は、幼稚園からかなり離れており、自転車では行ける距離ではなかった。 美希は駅まで自転車を走らせると、そこから電車を使い最寄りの駅まで移動する。 こうして、1時間後、ようやくちひろの自宅にたどり着いたが、そこはまるで火が消えたように静まりかえっていた。 彼女の家は閑静な住宅街にある一軒家である。 …ピーンポーン 美希はチャイムを鳴らすとじっとドアの前で立ち竦む。 ………………… だが、中からは何の反応もなかった。 既にすっかり陽は落ち真っ暗になっていたが、家の中に電気がついている様子もない。 そればかりか、よくよく見てみると窓にはカーテンなどが一切ついておらず、不安通り既にちひろはここにいない事を示していた。 …どうして…どうしてなのぉ… 美希は徒労に終わった事を悟ると、そのまま玄関の前に崩れ落ちる。 そして、溢れ出る涙を拭うことなく泣き続けた。 まるで神隠しにでもあってしまったかのように消えた親友を想いながら。 「………………………」 美希が自分の家に戻った時には、既に日付が変わっていた。 万が一、ちひろが戻ってくるかも知れないと思い、彼女はずっとその家の前で待っていたのだ。 しかし、それでもちひろが姿を見せる事はなかった。 全てが空回りである。 …カチャ… 彼女は郵便受けを開けると、今日もあの手紙が届いていた。 もう二度と見ないと誓った郵便物。 だが、美希は部屋に入ると、その封を手で破く。 最大の抑止力であったちひろがいなくなった今、もはや、どうでもいい…そんな気分だった。 そして、その文面に目を通してみる。 <明日、坂井美希はこれまでゴミ箱に捨てていた手紙を読まなかった事を後悔するでしょう> 「……これって…いったい…?」 それはまるで、これまでの手紙を読めと言わんばかりの内容だった。 しかも、明日とは紛れもなく今の事である。 「……うぅっ…」 美希はまるで操られるかのようにベッドの横に置いてあるゴミ箱へと走った。 そして、読まなかった5通の手紙を次々と取り出していく。 「…………………」 美希はそれを見ると愕然とするしかなかった。 <5日後から、高蔵寺ちひろはもう二度と恋乃窪幼稚園に来る事はないでしょう> <4日後から、高蔵寺ちひろはもう二度と恋乃窪幼稚園に来る事はないでしょう> <3日後から、高蔵寺ちひろはもう二度と恋乃窪幼稚園に来る事はないでしょう> <2日後から、高蔵寺ちひろはもう二度と恋乃窪幼稚園に来る事はないでしょう> <明日から、高蔵寺ちひろはもう二度と恋乃窪幼稚園に来る事はないでしょう> それはどれも同じ内容だった。 まるで美希を嘲笑うかのような文面。 「……1通でも…読んでれば…」 そして、彼女は最初に封を切った手紙の予告通り激しい後悔の念に襲われた。 それは狂ってしまいそうな衝撃を彼女に与える。 「……ちひろぉ……おぉぉぉ…ぅぅうう…」 美希は手紙を握りしめたまま、言葉にならない嗚咽を漏らし続けた。 こうして、彼女は再び手紙から逃れられなくなっていく。 もはや、美希に救いの手を差し伸べてくれるものは存在しないのだ。 それから1ヶ月ほどの時間が経過した。 季節は夏真っ盛り。 だが、美希の心は沈んだままだった。 あれ以来、ちひろは彼女の前に現れる事はなかった。 もちろん美希も何とか手がかりを探していたが、糸口すら見つからない状況である。 そんな中、彼女はますます手紙の魔力に取り憑かれていく。 今では明日の献立を記されれば、無性にそれが食べたくなる始末であった。 だが、美希自身はそれに何の違和感も抱いていない。 むしろ、その手紙通りになるのが当たり前の事なのだ。 こうして、8月も半ばに差し掛かったある日、信じられない文面が美希の目に飛び込んでくる。 <明日、坂井美希は高蔵寺ちひろの姿を見る事が出来るでしょう> 「……嬉しい……」 彼女は余りの嬉しさに思わず涙が出て来た。 これで間違いなく明日ちひろに会えるのだ。 それだけで胸が躍る気分だった。 「楽しみだな…」 そして、明日は早起きするために、早めに床に就く事にする。 当然の事ながら、ベッドに入っても寝付ける筈もないのだが。 さながら遠足前日の小学生のようであろうか。 …会ったら…どんな事話そうかな… …あ、携帯の番号教えてもらわなきゃね… …あぁ、早く会いたいな… ちひろとの再会に思いを馳せる美希。 だが、一つ大きな勘違いをしている事に彼女は気づいていなかった。 …ピロロロロ 美希の携帯が着信を受けたメロディを奏でたのは、昼を過ぎた頃だった。 今日は休日。 彼女はただ親友であるちひろから連絡が来るのを心待ちにしていた。 …もしかして… 美希はそんな淡い期待を抱きながら、携帯の液晶に目を通してみる。 すると、そこには携帯の電話番号が表示されており、少なくとも彼女のものに登録している相手ではなかった。 それが、美希の期待をいっそう高めていく。 「…はい…もしもし」 着信ボタンを押し、少し固くなった声で口を開く美希。 もはや、彼女はその電話口からちひろの声が発せられる事を信じて疑っていなかった。 「…坂井…美希さん…だね?」 しかし、そこから響いてきたのはトーンの低い男の声である。 ……そんな… 美希は予想外の展開に、心が重くなるのがわかった。 「…もしもし…」 「あ…はい、そうですけど…」 だが、男に促され、彼女は反射的に答える。 もう、すっかり意気消沈していた。 しかし、次の瞬間、美希の耳に聞き慣れた名前が飛び込んでくる。 「高蔵寺ちひろを知ってるかい?」 「は、はい!知ってます!!」 美希はとっさに叫んでいた。 沈んだ心は一気に息を吹き返し、嫌が上でも携帯を握る手に力が入る。 「実はね、彼女に君を呼んでくれと頼まれたんだよ。だから、こうやって電話をした訳だ」 「会ってみる気はないかね?」 そして、男は彼女が望んでいた事を提案してきた。 「…はい、喜んで…」 もちろん、美希に断る理由はない。 即決であった。 嬉しさと共に、瞳が熱くなるのがわかった。 「それじゃあ、今日で構わないかな?」 「はいっ」 「それなら、待ち合わせ場所を…」 こうして、幾つかのやり取りを経て、晴れて美希はちひろと再会する手筈を整える。 時間は1時間後。 待ち合わせ場所は、ちひろが住んでいた家の前だった。 …これで…ようやく会えるんだ… 美希は舞い上がってしまうのを必死で抑えながら、すぐに家を出た。 その後に、何が待っているか知る由もなく。 ちひろの家に着くと、その前には1台の車が止まっていた。 車の事は詳しくなかった美希であったが、それが海外の超高級車である事は一目でわかった。 そして、その傍には黒いスーツを着た一人の男が立っている。 頭にはかなり白髪が混ざっており結構な年齢を想像させたが、何かスポーツでもやっているのか体格は良く、一目で年齢を判別するのは難しい出で立ちだった。 …この人なのかな…? 美希は少し違和感を抱きながらも、彼の元へと歩み寄っていく。 「…あの」 「坂井美希さんだね?」 「はい、そうです」 「お待ちしてましたよ、さぁ乗って下さい」 男は彼女の名前を確認すると、すぐに助手席のドアを開けた。 「あ…ありがとうございます」 美希は軽く会釈すると、そのまま車に乗り込んでいく。 こんな高級な車には当然乗った事はなかったので、どことなくぎこちなさは禁じ得なかったが。 しかし、この先にはちひろが待っているのだ、怯んでいる暇はない。 「では、行きましょう」 そして、男も運転席に着くと、すぐにエンジンをかけた。 こうして、車はゆっくりと動き出していく。 …………………… 車内では特に会話はなかった。 もちろん、初対面であるというのが大きかったが、それ以上に美希を躊躇させたのがその男の顔つきだった。 眼光は異様に鋭く、下手に触れれば傷を負ってしまいそうなそんな印象。 その反面、口元は不自然なまでに緩んでいる。 煌びやかに彩られた身なりが浮いて見えるほどに。 しかし、そんな事を考えているうちに、車はあるマンションの駐車場に止まった。 「さぁ、着きましたよ」 男はそう言うと車から降りる。 美希も外に出た。 何故か、少しだけ解放されたような気分になるのは貧乏性の表れなのかと思ったりもする。 「こっちですよ」 だが、そんな奇妙な余韻に浸る暇もなく、男はすぐに歩きはじめた。 彼女も男の後に続き、エレベーターに乗ると上に昇っていく。 ………ちひろ… 次第に胸が高鳴ってくるのがわかった。 そして、程なく最上階の一室に美希は案内される。 「………………え…」 その中に入るなり、美希は思わず声を上げた。 そこはまるで高級バーのような華やかな空間だったからである。 広いリビングにはカウンターが置かれ、棚には数多くの酒が並んでいた。 しかも、その反対側にはビリヤード台まで置かれている。 アメリカの映画で見るようなシーン。 …こんなところにちひろが住んでるのかな? 美希は驚きを隠せなかった。 「まぁ、今呼んでくるから、そこに座って待っていてくれよ」 そんな彼女を見透かしたように、男は軽く微笑みながらソファーを示す。 「…あ…はい…」 美希も少し赤面しながら、そこへ腰掛けた。 とても柔らかく優しい座り心地。 思わず、また声を上げそうになったが、今度は堪える。 すると、男と入れ替わりで奥の部屋から一人の女性が出て来た。 美希はそっと彼女の方に目を向ける。 だが、それはちひろではない。 恐らく美希たちより年上であろう、綺麗な女性である。 それでも男とは親子ほど歳が離れているように思え、彼とその女性がどういう関係なのか美希は少しだけ気になった。 しかし、まさか聞く訳にもいかず、彼女は静かに視線を戻す。 「どうぞ」 すると、その女性は静かにそういうと、トレイに乗せていたコーヒーを美希の元に差し出した。 「あ…どうぞお構いなく…」 美希はそう答えたが、彼女は機械的にその場から離れていく。 そして、すぐに隣の部屋に戻っていった。 「………………………」 広い部屋に一人取り残される美希。 何かとても心細い思いだった。 しかし、もうすぐちひろと会えるのだ。 後少しの辛抱だろう。 そう思いながら、美希はコーヒーに口をつける。 もちろん、インスタントではなかった。 そればかりか、たった今挽いたような豆の香りがほんのりと漂ってくる。 …美味しい… 美希はそう思いながら、もう一口、カップから口へと流し込んだ。 しかし、そこまでが彼女が覚えていた記憶である。 そう、美希は激しい睡魔に襲われると、そのままソファーにもたれ掛かり意識を失ったのだ。 コーヒーに仕込まれていた睡眠薬によって。 …うん… ………あ……れ…? どのくらいの時間が経ったのかはわからなかったが、美希はようやく意識を取り戻していく。 ゆっくりと広がっていく視界。 そこには、見た事もない景色が広がっていた。 明らかに、先ほどいた部屋ではない。 何か押し入れのような薄暗く狭い空間。 前方には小さいカーテンが見えている。 「………えぇ!?」 そして、完全に感覚が戻ると同時に、美希は驚きの声を上げた。 彼女は椅子に座らされ、足と体をロープで縛られているのだ。 椅子自体は金属製で、その足には鉄の錘までついている。 …ど、どうなってるの…? 美希は困惑の色を浮かべながらそう思った。 …もしかして…私、騙されちゃったのかな? だが、すぐに一つの結論に達する。 …でも…確かにちひろに会えるって… しかし、それでも手紙の存在ゆえ、その現実を素直に受け止める事は出来なかった。 「お目覚めですかな?」 すると、不意に後ろのドアが開き、そんな声が聞こえてくる。 その気障っぽい言い方は、先ほどの男に間違いなかった。 「ど、どういう事なの!!」 「…ちひろは何処にいるの!?」 美希は、声を張り上げて叫ぶ。 恐怖や不安は確かにあったが、それ以上に男の目的が知りたかった。 それに、ちひろの名を知っていたのだ、そこも気になって仕方がなかった。 「安心しなよお嬢ちゃん」 だが、男は全く動じることなくそう口を開く。 「ちゃんと会わせてやるからよ」 そして、そう言うと、向かいの壁際へと歩いていった。 そう、その先には小さなカーテンがある。 …シャーッ 男はすぐにそれを開いた。 「………………うそ……」 すると、カーテンの奥には窓がついており、そこから隣の部屋を見る事が出来るようになっている。 しかし、美希が声を上げたのはその事ではない。 その部屋に、よく知った女性がいたからである。 それは、もちろんちひろだった。 だが、その姿を直視しているだけで、美希の瞳からは涙が溢れてくる。 何しろ、彼女は生まれたままの姿だったのだから。 「ちひろぉぉぉぉ!!!!」 美希はありったけの力を振り絞って叫んだ。 体は決して動かなかったが、必死に前へ前へ出ようとしながら。 しかし、窓の向こうのちひろは彼女に気づく事はない。 大きなベッドの上に座りながら、何かを待っている…そんな印象だった。 「ちひろぉぉぉ!!!気づいてぇぇ!!!」 それでも、美希は再び叫ぶ。 会えたからには気づいて欲しかった。 だが、そんな彼女に男は冷徹に言い放つ。 「おっと、叫んでも無駄だぜ?」 「この部屋は完全防音だからな。どんな事があっても向こうに聞こえる事はないぞ」 「それに、この窓もマジックミラーで向こうからは見えないからよ」 「あと、あまり騒ぐようなら、無事に帰してやらないぞ?」 そして、そう言い終えると勝ち誇ったように笑った。 「……うぅ…っ…」 男の卑劣さに唇を噛み締める美希。 だが、それ以上に目の前にいるちひろに何もしてやれない自分が歯がゆかった。 「…どうしてこんな事するの…?それに…あなたは一体誰なの?」 それでも彼女は勇気を振り絞り、真意を尋ねるべく口を開く。 「俺はな、あいつの父親だ」 …………………… 「…うそ…?」 男から放たれた言葉に美希は目を丸くした。 「嘘じゃないぜ。もっとも血は繋がってないがな」 …あ…… その瞬間、美希は理解する。 ちひろが母親を守るために刺した男がこいつなのだと。 「おそらく知ってると思うが、俺は昔あのバカに刺された事があってな」 「いつかはお礼をしてやろうと思っていたんだが、ようやくその機会が巡ってきたんで、その代償を払って貰ってるだけさ」 「……代償?」 美希は男の言っている意味がわからなかった。 「ビデオだよ、ビデオ」 ……それって…まさか… 男の言葉に彼女は激しい不安を抱く。 「俺はな、お偉いさん向けの裏ビデオ撮影の仕事してんだよ」 「その女優に抜擢してあげた訳さ」 「…ひどい…」 その不安は的中していた。 「そんなの…ちひろが望む訳ないじゃない…」 美希は半ば泣きそうになりながら、そう呟く。 大方、力に訴えちひろを屈服させたのだろう。 かつて彼女の母親にもそうしたように。 ちひろの無念さが痛いほどわかる気がした。 「へへへ、それはどうかな?」 だが、男は少しも動じることなく、そう言うと壁に付いていたスイッチに手を掛ける。 …カチッ すると、天井に付いていたスピーカーの電源が入り、微かに人の声が聞こえてきた。 どうやら、向こうの部屋の音を拾っているようである。 もっとも、窓からはちひろの姿しか見えず、他に誰が居るのかは全くわからなかったが。 「もうすぐはじまるから、見てればわかるぞ」 そして、男はそう言うと、自らもパイプ椅子に座った。 …そんな事…あるわけないじゃない… だが、もちろん美希がそれを信じられる筈はない。 ちひろの強さを誰よりも知っていたから。 彼女がこれから迎えるであろう行為には不安と悲しみを禁じ得なかったが、その事に関しては男のはったりだと信じて疑わなかった。 「よし、はじめるぞ」 すると、スピーカーから野太い男の声が響いてくる。 「…ひぃ…っ…」 美希は思わず悲鳴に似た声を上げた。 そう、ちひろが座っているベッドに向かい、全裸の男が二人迫っていたからである。 股間にはそれなりの逸物をぶら下げており、壁一枚挟んだ先に見えているという事もあり生々しさは半端ではなかった。 だが、次の瞬間、美希は更に絶望へと叩き落とされる。 「あぁあん…素敵なチンポ…ぉ」 それは紛れもなくちひろの口から発せられた言葉だった。 彼女は両脇を固めるように位置取った男たちの男根へと手を伸ばしながら。 しかも、その表情は美希が今まで見た事もないほどうっとりとしており、顔はほのかに紅潮していた。 「いま、ちひろがお舐めしますねぇ…」 そして、そう言いながら片方の男根へ舌を差し出すちひろ。 喋り方まで別人だった。 「…ち…ちひろ…?」 美希は呆然と彼女の名前を呼んだ。 もちろん、その言葉はちひろに届く事はない。 だが、それでも呼ばずにはいられなかった。 全てにおいて彼女の面影がなかったから。 「すごいだろ?ちゃんと言葉遣いも矯正してやったんだぜ」 だが、即座に男は美希を現実に引き戻す。 信じたくはないが、目の前で痴態を演じているのは紛れもなくちひろなのだ。 いや、演じているという言葉を使う事自体が憚られる熱の入りようだったが。 「…あむぅ…ちゅぷぅ…」 何の躊躇いもなく男根を咥えている親友。 もう片方はしっかりと手で扱いていた。 2本の男根は最初とは比べものにならないほど反り返り、生々しく天を突いている。 「あぁ…すごい…こんなチンポ…欲しかったですぅ」 ちひろは一旦男根から口を離すと、恥じらいもなくそう呟きながら男の方を上目遣いで見ていた。 そして、両頬に肉棒を押し付けると、自らの顔を上下して扱いていく。 その顔はすっかり欲情し、満足感に満ち溢れていた。 「じゃあ、2本一緒に咥えてくれよ?」 「あん…はい…喜んで」 男優から指示が飛ぶと、ちひろはすぐに言われた通り2本の男根を口へと導く。 唇をそれぞれの亀頭につけると、両方の鈴口を舌でこね上げはじめた。 もはや、かつての凛々しかった彼女の姿は存在しない。 ただ、男根を欲する堕天使のようであった。 「……………………」 美希はその姿を、涙を流しながら見ている。 もちろん、何度も目を逸らそうと思った。 だが、何故かそれは出来なかった。 「…はぷぅ…ちゅぷぉ…」 ちひろは次に両方の亀頭を口の中へと咥えている。 彼女の小さい口にはかなり辛いように思えたが、必死に男の要望に応えていた。 口からは涎がだらしなく垂れ落ち、顎から糸を引くように垂れ落ちている。 唇は不自然に広がり、普段端正な顔つきも惨めなまでに歪んでいた。 「…ちゅぽぉ…じゅるぅ…」 男根をしゃぶる音がこれでもかと言うほどに響いてくる。 そして、指でも竿の根元や玉袋の愛撫を続けていた。 まるでずっとこの仕事を生業にしてきているかのような妖しい動き。 それが、美希に更なる苦痛を与えていた。 「へへ、そんじゃそろそろ本番行くか」 口での奉仕に満足した男がそう言うと、ちひろは少し名残惜しそうに男根から口を離す。 「あぁん…お願いしますぅ」 だが、すぐに嬉しそうに猫撫で声を上げ、両足を開き自らの股間を晒した。 晒される肉の花弁。 そこは既に洪水のように濡れていた。 「…………ひぃ…」 美希は初めて見る同姓のその部分に驚きの声を上げる。 しかし、叫んだのはそれだけではなかった。 その秘部の頂点にある肉の突起に、銀色のアクセサリが付いていたからである。 そこから「CHIHIRO」と書かれたプレートが垂れ下がっていた。 しかも、恥毛は綺麗に剃られており、いわゆるパイパンの状態である。 …くちゅ… 「はぁはぁ…どうですかぁ?わたしのマンコ?」 すると、ちひろはそのプレートを持ち上げ、全体をしっかりと晒すと、秘部を指で広げてみせた。 「へへ、いいんじゃない?」 「顔に似てやらしいマンコだぜ」 男優たちから称賛の声が飛んでいる。 「あはぁ…嬉しい…」 その声にうっとりと甘い声を漏らすちひろ。 「…………やっぱり違う…」 しかし、その時、美希は静かにそう呟いた。 もちろん、その発言に何の意味も無い事はわかっていた。 目の前の女性がちひろである事は、動かしようのない事実なのだ。 だが、どうしても美希はそれを受け入れたくなかった。 いや、受け入れられないのだ。 「何が違うんだ?」 「あれはちひろじゃないわ…、ちひろは…ちひろはあんな風に男の人に媚びる事なんかしないっ!!」 美希は半ば吐き捨てるようにそう言うと何度も首を振った。 涙が更に溢れてくる。 …わたしの男嫌いは治りそうにないけどね… かつて、ちひろは自らを助けてくれた時…そう言った。 しかし、目の前の女は平気で男に媚びを売っている。 それを同じ人間と捉える事を、美希はどうしても出来なかったのだ。 「まぁ、あまりの変わりように信じられないのは無理もないがな」 「…一ついい話を教えてやろう」 すると、男は嬉しそうに話しはじめる。 「ちひろにはな、女優にしてやった時に一緒に男も紹介してやったんだ」 「…………………」 「セックスする事しか能がない奴だが、ちひろはそいつの事を心底愛しているらしいぞ」 「もっとも、こうやって他の男のチンポを見ればすぐにしっぽを振ってしまうがな、ははははは」 高笑いが部屋中に響き渡った。 「じゃあ証拠を見せてよ!!」 売り言葉に買い言葉。 美希は顔を真っ赤にしながら男を睨み付ける。 もはや先ほどの脅しなど頭にはなかった。 親友を侮辱するこの男がどうしても許せなかったのだ。 「ああ、いいとも」 しかし、あっさりと男は頷く。 不気味なほどの笑顔を浮かべながら。 まるでこうなる事がわかっていたかのようだった。 「いま、見せてやるからな」 そして、そう言うと部屋から出て行く。 「…………………」 美希は未だ冷めやらぬ怒りと悲しみに打ちひしがれながら、ただ窓の外を見ていた。 その向こうでは、二人の男たちがちひろの秘部を愛撫している。 それにうっとりと反応する彼女。 悲しい光景だった。 「ちょっと中断してくれ」 その時、男の声が響いてきた。 どうやら、どこからか放送してるようである。 それを物語るかのように、窓の外の人間は天井を見上げていた。 「ちひろ、ちょっと幾つか質問するから答えてくれよ?」 そして、男が言った証拠とは、ちひろ自らに答えさせる事だったのだ。 …………………… 美希は少しだけ後悔していた。 もちろん、頑なに信じない事は可能だろう。 例えどんな事をちひろが話しても、言わされていると考える事も出来る。 しかし、これまでの流れから彼女の言動は決して演技ではない。 ちひろの事をよく知っているからこそ、それは痛いほどわかった。 それゆえに、彼女の言葉に自らが耐えられるかがわからなかったのだ。 だが、嫌が上でも声は聞こえてくる。 耳を塞ぐ事は叶わないのだ。 「はい、お父様」 「……ちひろ…っ…」 そして、ちひろが最初に放った言葉が矢のように美希の胸に刺さった。 憎んでいた筈の男…いや、自ら殺せなかったと悔やんだほどの男を躊躇なく父と呼んでいる彼女。 もはや目の前にいる女性は、ちひろであってちひろでないのだ。 少なくとも美希が知っている彼女ではなかった。 「…もう…やめて…!」 まだ質問すら行われていないのに、美希は誰もいない部屋で声を上げる。 「今付き合っている男を、お前がどれだけ愛してるか教えてくれないか?」 だが、そんな叫びを嘲笑うかのように会話のキャッチボールがはじまった。 「あ、はいっ、旦那様の言う事ならなんでもやります。このピアスだって旦那様の趣味なんですよ」 「とっても太いチンポをお持ちですし、一生お仕えしたいです」 ちひろは頬を赤らめながら、恥ずかしげもなく卑猥な台詞を吐き続ける。 「それにしては随分嬉しそうに他の男のチンポをしゃぶってるじゃないか?」 すると男から意地悪な質問が飛んだ。 「ええ、だってこれがわたしの仕事ですから。それに、男の方は大好きなので…」 まさに先ほど男が示したとおりの台詞をちひろは口にしていく。 そして、それを全て聞かなければいけない美希。 その衝撃は予想を遥かに上回るものだった。 まるで何かにぶつかったような感覚が脳に走り、体は痺れたように震えている。 全身に鳥肌が立っているのがわかった。 「それなら、お前は男という存在をどう思っているか聞かせてくれないか?」 それでも容赦なく質問は続いていく。 「はい、えっとぉ、わたしにとってはなくてはならない存在ですぅ。皆さん素敵なチンポをお持ちですし、いっぱい奉仕させていただきたいです」 「それがわたしにとっても幸せなので」 その緩んだ瞳は、男に媚びを売る喜びに溢れていた。 もちろん、それは彼女の偽りのない言葉である。 「……………………」 美希は自らを保つのが精一杯な状態だった。 そんな中、放送は切れ、撮影が再開されている。 ちひろの卑猥な台詞と表情に、男たちは一気にヒートアップしていた。 一人は彼女の秘部を貫き、もう一人は肛門に男根をぶち込んでいる。 しかも、奥から新手が数名現れ、ちひろの顔に男根を突き立てていた。 「あぁぁ…すごい…中で擦れてるぅ…」 「はぁぁ…この匂い…堪らないのぉ…」 サンドウィッチのように男に挟まれ、赤裸々な声を上げるちひろ。 下からの突き上げに対して、自らも腰を振って応えていた。 視界に入ったチンポは咥え、別のものが見えれば手を伸ばす。 今もそれだけでは追いつかず、腋の下やふくらはぎの裏などでも男に奉仕していた。 そんな光景を呆然と見つめていた美希の背後からいやらしい声が響いてくる。 「どうだ?わかっただろ」 「あいつは男に奉仕する事に生き甲斐を感じてるって事がよ」 「………………………」 美希は何も答えなかった。 いや、もはや何も喋れなかったのだ。 「へへ、そんじゃ出すけど、何処に出して欲しい?」 「ふぁぁぁ…はぁい…膣(なか)にぃ…膣(なか)にぃ…!」 「ほい来た」 …びゅく…びゅるぅぅ… 「はぁぁぁぁああぁ…すごい…いっぱい出てるぅ…」 絶叫しながら膣内射精を受け入れるちひろ。 すぐにその結合部からは大量の精液が逆流をはじめていた。 顔や乳房にも口で奉仕していた男が放った精液がこびり付き、次第にそのスタイルのいい体は滑光っていく。 そして、秘部から男根が引き抜かれると、間髪入れず別の剛棒が突き挿される。 「あん…また太いのぉ…」 もちろん、ちひろはそれを歓迎していた。 先ほど以上に欲情しており、手や口で奉仕する仕草にも力が入っている。 中には皮を被り薄汚い男根もあったが、全くお構いなしだった。 口元には涎と精液と恥垢がねっとりと絡み合い、汚らしく輝いている。 乳首は異様なまでに勃起し、乳房は腰を動かすたびに滑らかに震えていた。 「あはぁぁ…もっとぉ…もっとチンポぉ…」 だが、彼女はそれでも飽きたらず男を欲している。 「へへ、じゃあこういうのはどうだい?」 すると、一人の男が、今まさにちひろを貫いていた男の脇に割ってはいると、野太い男根を既に先客が入っている穴へとねじ込みはじめた。 …にゅぷぅ… それでも、その花弁はみるみるうちに押し広げられ、新手の男根を飲み込んでいく。 見ているだけで痛そうな光景。 「ひあぁぁ…あぁぁ…す…素敵ぃ…」 しかし、ちひろは汗を滴らせながらも、決して嫌がる事はなかった。 声には多少の苦しさが含まれていたが、奉仕する事こそが生き甲斐である彼女は嬉々として受け入れている事だろう。 その証拠に、ちひろは決して腰を振るのを止める事はなかった。 「あぁぁはぁぁ…イクぅ…イっちゃうのぉ…!!」 こうして下半身にある2つの穴に3本の男根をねじ込まれたまま、何度も気をやり続ける。 「…………………」 そんな行為を美希は延々と見せられ続けた。 もう何時間撮影が続いているのかすらわからない。 その耳にはちひろの欲情した叫び声だけがこびり付いている。 「はい、カット!お疲れさんでした!」 だが、ようやくそんな声がかかると、男たちが満足した事を示したような声があちこちから響き渡った。 しかし、ちひろだけはまだ物足りなそうに秘部から流れ出る精液を体に塗りたくってる。 10人以上いた男優全てに最低2回、秘部か肛門に射精させたにも関わらず、だ。 「ほら、ちひろさっさとシャワー浴びてこいよ。今度はスタッフ全員で相手してやるからよ」 すると、そんな声が窓から見えない部分より響いてきた。 「あ、はいっ、やったぁ」 まるで無邪気な子供のように声を上げると、体を隠すことなく走っていくちひろ。 その瞬間、美希にとって悪夢のような時間は終わった。 その後、美希は目隠しをさせられ、その場所を後にする。 そもそもここが最初に向かったマンションであるかすらわからなかった。 だが、今の彼女にはそんな事を詮索する余裕などない。 ただ、ぼんやりとした心の中で、ちひろの髪が少しだけ伸びていたとか、少し痩せたかも知れないとか、そんな事ばかり考えていた。 しかし、それ以外の事は脳が思い出す事を拒絶している。 「着いたぜ」 男がそう言うと、車はゆっくと止まった。 そこは彼女の住んでいるアパートの前である。 美希は沈んだ表情のまま車から降りると、男というよりも車に向かって会釈をした。 「まぁ、今日の事は忘れる事だな」 「俺は商売柄、あちこちに顔が利くんでね。もし…お前さんがちょろちょろ動くのであれば、それ相応の仕打ちが待っていると思っていいぜ」 男はパワーウインドウを開けると、そう口にする。 その表情は笑顔を浮かべていたが、眼光は鋭く美希の顔を睨み付けていた。 何も教えていないのに、彼女の自宅まで送り届けた事を考えれば、男の話ははったりではないだろう。 だが、もはや彼女にはどうでもいい事だった。 そもそも今日の出来事を振り返る事すら困難なのだから。 こうして、美希を尻目に車が走り去ると、彼女は家へと向かった。 まるで夢遊病者のように頼りない足取りでアパートの階段を昇っていく。 そして、自らの部屋の前にたどり着くと、郵便受けには今日も1通の手紙が入っていた。 …あ…そうか… それを見た瞬間、美希は昨日の事を思い出す。 「よく考えたら…ちひろを見るって…書いてあったっけ…」 「バカだよね…わたし…」 「すっかり舞い上がっちゃって…」 美希はそう呟きながら、大粒の涙を流しはじめた。 しかし、例え彼女がその文面を取り違えなくても、今日の展開は避ける事は出来なかっただろう。 もちろん、美希もそれは痛いほどわかっていた。 手紙には「ちひろの姿を見る」と書いてあったのだから。 そして、追い打ちを掛けるような文面が今日も手紙には記されていた。 <明日、坂井美希は恋乃窪幼稚園の事務所で高蔵寺ちひろの手紙を見つけるでしょう> それがどういう意図を持っているのか、その時は理解し得なかった。 だが、翌日、精神的に疲弊した体を引きずって職場にたどり着いた時、彼女は再び悲しみに襲われる。 その手紙は不幸にも美希の机と隣の机の間に挟まっていた。 風か何かで飛んだのか、ちひろが意図してそこに挟んだのかはわからない。 簡素な茶封筒に彼女の文字で「美希へ」と書かれていた。 すぐに美希は封を切ってみる。 すると、その中の便せんにはただ一言。 ご め ん と書かれていた。 それは疑いなく彼女が消えた前日に書かれたものだろう。 「……ちひろ…」 結果的に変わってしまったとは言え、やはり、あれはちひろが望んだ事ではなかったのだ。 あの男が連絡してきたのも、彼女が最後まで支えにしていた者に対する当てつけからだろう。 しかし、自分は何も出来なかった。 手を伸ばせば届く距離にいたにも関わらず。 「…それは私の…台詞だよ…」 美希は自嘲気味に笑う。 もはや涙が溢れることもなかった。 |
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